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写真と映像と、ホンモノ。 [きっかけは、テレビ。]

あったかいもの
吹き飛ばしてくれるもの

私にとっての、それは
“人のココロ”と “自然”かな。

だから、
その人のココロを目の当たりにした瞬間
目頭を熱くさせるし、
そこに人のココロを感じた瞬間
私の涙が頬を伝う。


その昔。
といっても、一年前くらい。ロンドンにいた頃の話。
写真で、私に涙させた人がいた。
5時間程、お互いに文字を重ねたあとに彼が教えてくれたサイトにあった、鮮烈な写真たち。

あの写真には、彼のココロがあったから。
静も動も
冷たさも哀しみも
温かさも情熱も


人物画を撮れない私
そこにあった写真に、その被写体の心を捕えらえて込められるのは、彼の心の現れだと感じた。




別の場面で、「世界のどこに行きたいか?」なんて話をある人としてたとき、
私は「ペルー」を挙げた。
それは、「高山都市」に行きたかったからであって、
取り立てて、私は世界遺産巡りをしている人間なわけでもないし、歴史にも詳しくない。
「マチュピチュ」という名も知らなかったw
その人が教えてくれた、「マチュピチュ」をその場でネット検索した。
そして行き着いたサイトに出ていた写真。
・・・ちっとも感動しなかった。

その写真からは何も伝わってこなかった。

今日、『世界遺産』でそのマチュピチュが取り上げられていた。
ハイビジョンで映し出されたその映像。
そこでも同じ。
ちっとも感動しなかった。

その映像からも、何も伝わってこなかった。
そこの空気や風や太陽を感じることも、
その歴史的建造物から古代の人たちの心を感じることも、
その映像を撮っている人の感動を感じることも、
何にもできなかった。

私には、写真や映像を通して“自然”の感動を味わうのは難しいのかもしれない。
いくつかの旅で自分が感じてきた感動の、足元にも及んでいない気がして、
実際にそこに立ったことを想像して感動することよりも、
自分が画面を通してそれを見ている悔しさが先行する。

そういう写真や映像を見ると、
どうしても深呼吸がしたくなっちゃうんだ。
無意識に、全身で感じたがってしまう。
けど、もちろん相手は映像。
それがちっとも伝わってこない。

“人のココロ”も“自然”も
きっとホンモノからしか伝わらないんだな。。

その空気を感じたい
その太陽を感じたい
その石畳を足で感じて
その石の温度を手のひらで感じたい
そして人のココロを、私のココロで感じたい
それはきっとあったかいし
それはきっと何もかもを吹き飛ばしてくれる気がする。

旅かぁ。

確かにそうね。
“人のココロ”と“自然”のどっちもを感じるのなら、旅が一番しっくりくるね。

ポルトガル、行きたいなぁ。。
カメラ回してくれなくていいから、ウルルンに出してくれないかなぁw

でも、現実は現実。
明日からまた仕事です。逃避しちゃいけません。
仕事は仕事。
しっかりしなくちゃ。


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